筋トレは座禅などと同様に、「修行」だとのたまうお人がいるようです。

気持ちは分かりますが、ちょっと危ない思考の持ち主かもしれませんね(笑)。

なるほど、一つのことを突き詰めて行えば、たとえスポーツでも、「道」を探求することにはなるようです。

それなら、MBLでも活躍したある日本人選手が、野球を武道の様にとらえていたのも納得がゆきます。

 


参照元:https://anetteinselberg.com/2015/08/15/kotu-iliskilerin-ustesinden-gelmek/

 

とは言え、筋トレを座禅と同じに見なすのは、さていかがなものでしょうか。

座禅と筋トレの大きな違いは、座禅は物事に対する執着を外すのに対して、筋トレは肉体の変化に固執するところです。

全く相容れない両者のはずですが、ただひたすら真理を追い求めるところは、あながち相反するとも言えないのかもしれません。

 

ただ、本格的に座禅の修行に臨んでみたら、そう甘いものではないことが分かるはずです。

今から40年近く前、私がまだ高校生だった頃、夏休みを使って行った座禅修行は、思いのほか厳しいものでした。

 

 

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とにかく座禅をやってみたかった

今回は、筋トレの話を少しお休みして、私の過去のエピソードをご紹介したいと思います。

今や空前のウエルネスブームであり、ヨガは当然として、瞑想や座禅など、これまでは敬遠されていた分野にもようやく光が当たり出しました。

アメリカの著名な起業家が瞑想を行っていたと聞けば、日本のマスコミはこぞってニュースに取り上げるなど、手のひらを反すのも早い早い。

 

しかし、チャレンジする人の数が増えたとはいえ、まだまだ未知の部分が多いのが、今回お話しする座禅です。

かれこれ40年ほど前になりますが、当時はまだ高校生で、明らかに童貞だった私は、曹洞宗の大本山、福井県の永平寺に座禅の修行に出かけたのでありました。

寺への参拝者が、体験として座禅を組むことはできましたが、私は本格的な修行者として入山したのです。

 

空手を習っていたのも手伝ってか、当時からなぜか精神的な活動に惹かれていました。

宗教団体に入らなかったことが唯一の救いですが、それは色々な世界に足を踏み入れたものです。

お恥ずかしい話ですが、アメリカ在住時には、黒人のギャングや、ロシア系マフィアとのお付き合いもありました。

 

日本に帰国してからも、新宿のワシントンホテルのレストランで、私のすぐ隣の席にいらしたのは、当時の某組織の会長さんです。

福岡の中州一帯を仕切る某組織の組長さん宅で、正妻さんとひざを突き合わしてお話したこともありました。

とは言え、私は記者でもなく、ましてやその筋の人間でもないのですが、なぜかそういったお人と波長が合ったのです。

 

それもこれも、ひとえに何かを求めていた結果だったのでしょうね(ちょっと方向性が間違っていたようですが)。

高校最後の夏休みに、わざわざ苦しい思いをしてまで座禅を組みに行こうと思い付いたのも、「とにかく座禅をしたかった」の一言に尽きます。

若い頃の私は、思い立ったらすぐに行動しなければ気が済まないような、少し思慮の足りない人間でした。

 

 

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座禅ってね、痛いのよ

これも、日本の有名な野球選手の1人ですが、精神力を鍛えるために護摩行に挑んだ人がいましたね。

その数年後、彼は薬物使用の疑いで逮捕され、名球会からも追放されてしまいます。

要するに、形だけでは長続きしないのですね。

 

私が永平寺を訪ねたのも、ただ「修行」をするのが格好良く感じたからです。

たった一週間の出来事でしたが、聞いていたのと実際にやるのとは180度違いました。

入山したところで、俗世間とは全く別の世界が待っていたのです。

 

修行に来た人は、雲水さんとは違いますが、扱いはほぼ同じ。

決まった時間に起き、決まった食事をし、残りの時間はほぼ座っているだけ。

食事の時も座禅は組んだままですから、食べた物の味なんて少しも分かりませんでした。

 

とにかく、何も考えずにただ座っているのは、私にとってはある意味拷問に近かったです(自分で選んでおきながら)。

注意力散漫の上に、当時はひざが曲がらずにかなり痛い思いをしました。

小学校と中学校の時分に、二度の骨折を経験していたので、それが原因でひざの関節が十分に曲がらなくなっていたのです。

 

それでも、「座禅が組みたい」、「永平寺に行ってみたい」気が先に立ち、その結果、食事の味も分からぬままに座禅を組んでいたのです。

 

 

 

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禅堂の中は静寂で物音一つしないのに

座禅は、禅堂と呼ばれる伽藍の中で行います。

一回に座っている時間は40分(確かそうだったと思います)で、朝のお務めだけは2クールの80分でした。

座禅は、瞑想とは少し違い、目は半眼に開き、足は半跏坐か結跏趺坐に組み、手の平と甲を重ねて、親指の先端だけをわずかに合わせます。

 

尻は座布(球状の座布団)の上に据え、背筋は伸ばして壁に向かって座ります。

修行僧(雲水)は、ほぼ24時間座りっぱなしだそうです(当時聞いた話によると)。

結跏趺坐をさせられて、両足をひもで縛られたとも聞いています(40年前の修行はね)。

 

一念発起してやってきた修行僧の多くが、あまりの苦行に、たったの一日か二日で夜逃げしたそうです。

そんな修行に、ひざもろくに曲がらない私が、挑戦するのがどうかしていたのですが、始まったら後戻りはききませんでした。

そして、何が苦痛だったかと言えば、座禅を組みながら居眠りしている人や、もぞもぞと体を動かしている人に与えられる、警策(きょうさくまたはけいさくと読む)の恐怖です。

 

 

禅堂ってね、ほんとうに静かなんです。

座禅を行う前の状態を「止静」と言い、「これから静寂の世界に行きますよ~」なんて言う合図にも似たものなのですね。

ただでさえ音のしないお寺の中で、禅堂はまた一層静かなんですが、それ以上に静かなものがありました。

禅堂の中を歩く、お坊さんの足音だったんです。

 

あれだけ静かな禅堂で、ちょっとの身じろぎや咳払いでも響き渡るような空間の中で、お坊さんの歩く足音だけは全く聞こえて来ないのですよ、不思議なことに。

これが、何を意味するか分かりますか?

まさに、暗闇(朝はろうそくの光だけ)で、足音も立てずに忍び寄る影一つ(ガッチャマンかって)。

 

前触れもなく、いきなり肩口に、何か硬くて冷たい物が……。

上で出てきた警策が、いつの間にか、静かに肩の上に載っているんです。

警策が肩に触れたときは、まずは合掌をして一礼し、すかさず頭を警策とは反対側に傾けなければなりません。

 

そうしないと、警策が耳に当たって削げるらしいです。

肩も、力を入れずに脱力していないと、筋肉が弾けて出血するのだとか。

私がいた頃、ちょうどNHKのロケ隊が来ていまして、警策の話を聞いたクルーの1人が、面白がって座禅に挑戦したそうです。

 

案の定、警策の洗礼を受けることになったのですが、言わんこっちゃない、そのクルーの肩の肉が切れて血だらけになっていました。

私が警策の刑に処せられたのも、一度や二度ではありませんでしたけどね。

ほぼ毎回、少なくとも二発はくらってました(どんだけ煩悩が多いねん)。

 

普通は、「ひたっ」てきたら「ぞくっ」とするものですが、座禅をしているときだけは、なぜか平静でいられました。

警策は、木で作られた化け物のように長いヘラなんですが、テレビなんかで見るときは、背中をペンペンペンなんて叩いていますよね。

ですが、永平寺では違っていました。

 

 

正確無比な一撃

どこでいつ練習をするのか知りませんが、お坊さんが振るう警策は、正確無比の一語に尽きます。

あの長いヘラの化け物を、振りかぶってはワンモーションで打ち下ろすんですね。

しかも、暗がりで視界も悪い中、首筋から少し離れた僧帽筋の上に、狙いすました一撃を加えるんです。

 

もし、手元が狂って斜めに入れば、確実に大ケガでしょうな。

警策って平べったいので、縦になれば普通の棒よりも破壊力があるはずなんです。

それを、何の躊躇もなく振り下ろせるのは、やはり相当な集中力と、日頃の鍛錬の成果でしょうね。

 

全く、坊さん恐ろしや、です。

私が経験したのなんてほんの序の口で、あれよりも厳しい修行を何年も続けられる人は、そりゃ性根の据わった人間になるはずです。

その昔、比叡山の僧兵は強かったそうですが、何となく分かる気がします。

 

宮本武蔵と対戦した宝蔵院流も、相当な化け物ぞろいだったのでしょうね。

無慈悲と言うか、遠慮がないというか、とにかく思い切りの良さは並大抵ではありませんでした。

あの一撃は、結構心の底に「ずしん」って来る痛みだったと思います。

 

まあ、禅堂ではそうした恐怖と戦いながら、痛いひざを騙しだまし修行を続けたわけですが、苦しみはその後も終わらなかったのです。

 

この続きは、また次回にお話しします。

40年前のことを思い出しながら語るのは、思った以上に骨が折れますので、もう少し時間を下さい。

よろしくお願いします。

 

 

終わりに

これまでにも、サイエントロジーの勉強をしに、フロリダのホワイトウォーターに行ったり、ホームレス同様に都内のサウナ室を転々としてみたり、まあここでは書けないようなこともしてきましたが、永平寺で出会った人が一番よかった。

座禅の体験に来ている人はそうでもなかったですが、本格的に修行に来ている人たちは、やはり芯が通っていましたね。

これからも、そんな人たちと出会って行きたいものです(できれば筋トレで)。

 

今回も、最後までお読みいただき、ありがとうございます。

また、次回もお楽しみに。

Pump you up!

 

 

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